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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)88号 判決 1994年4月14日

東京都港区赤坂2丁目3番6号

原告

株式会社小松製作所

同代表者代表取締役

片田哲也

同訴訟代理人弁理士

米原正章

浜本忠

佐藤嘉明

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

石井淑久

中村友之

横田和男

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の請求

特許庁が平成1年審判第3704号事件について平成4年2月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

第2  事案の概要

本件は、特許出願に対して拒絶査定を受け、これに対する不服審判請求が成り立たないとの審決を受けた原告が、審決の判断は誤りであり、審決は違法であるとして、審決の取消しを請求した事案である。

1  判決の基礎となる事実

(1)  特許庁における手続の経緯

(特に証拠(本判決中に引用する書証はいずれも成立に争いがない。)を掲げた事実のほかは当事者間に争いがない。)

原告は、昭和57年9月20日、名称を「車両の自動変速制御装置」(後に「ショベルローダの変速制御装置」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和57年特許願第162179号)をしたが、平成元年1月10日、拒絶査定を受けたので、同年3月3日、審判の請求をし、同年審判第3704号事件として審理された結果、平成4年2月6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年3月25日、原告に送達された。

(2)  本願発明の要旨

自動・手動の変速を切り替えるスイッチ、トランスミッションレバーの位置センサ、回転センサ、ニュートラルリレー、からの各信号により電子制御装置のリードオンリーメモリ内に記憶されている変速条件の一つを選択しトランスミッションバルブ機構を制御するようにしたショベルローダの変速制御装置において、

ショベルローダの作業機レバーの先端部にシフトダウンスイッチを設け、このシフトダウンスイッチの信号を前記電子制御装置に導くと共に、前記電子制御装置の自動変速時の変速条件にはシフトダウンスイッチのオンを判断要素として付加することによって、自動変速の状態時においてシフトダウンスイッチのオンによって変速条件に関係なくただちにシフトダウンしうるようにしたことを特徴とするショベルローダの変速制御装置(別紙図面1参照)

(3)  審決の理由の要点

(一) 本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(二) 昭和50年特許出願公開第152153号公報(以下「引用例1」という。)には、次の技術事項が記載されている。

(a) 自動・手動の変速を切り替える自動入切スイッチ18、高速化ソレノイド7と低速化ソレノイド8によって作動するソレノイドバルブ9と負荷検知・制御部10によって構成され、各部よりの信号により機体の走行速度を自動制御する電子制御装置を有する自動制御装置を装備した脱穀機等の作業機の変速操作装置であって、

(b) 作業機(脱穀機)の負荷に応じて走行速度を制御する自動制御装置と手動レバー34で走行速度を変える手動装置とを有し、走行速度の高速化は自動優先、低速化は手動優先とすると共に負荷に応じて常に最適のスピードとなるようにオートマチックロードコントロール作用を行い、

(c) 作業機に負荷がかかっている場合にオペレーターが不意に手動レバー34を増速側に操作しても自動優先であるのでそれ以上に過負荷を生じて機体の破損や作業能率の低下を生じさせないようにし、

(d) 一方、作業機が溝や畦畔と衝突しようとして減速する場合には、手動レバー34を操作してリミットスィッチ21を「ON」にすれば、負荷のいかんに係わらせず、速やかに作業機を減速できる、つまり、減速する場合は手動優先であるので速やかに作業機の走行停止及びスピードダウンを行って危険を未然に防止できる、作業機の変速装置(別紙図面2参照)

また、昭和54年特許出願公開第30357号公報(以下「引用例2」という。)には、次の技術事項が記載されている。

(a) 電子制御装置のリードオンメモリー内に記憶されている変速条件の1つを選択しトランスミッションバルブ機構を制御するようにした土木作業用重荷重車両の変速制御装置であって、例えば自動・手動の変速を切り替えるスイッチ・トランスミッションレバーの位置センサ(第1図の符号34)、電子制御装置(第1図の符号32)等を備えてなり(公報29頁ないし33頁参照)、

(b) 運転者は自動範囲で運転中の任意のときに、シフトレバーを低いギア位置へ手動的に移動させると、自動変速制御装置は車両速度を確認し、車両速度が必要な条件を満足している場合にはシフトダウンを行い、必要な条件を満足していない場合には、車両速度がシフトダウン速度点以下になるまで遅延される自動変速制御装置(別紙図面3参照)

更に、昭和46年特許出願公告第36731号公報(以下「引用例3」という。)には、次の技術的事項が記載されている。

(a) 前進・中立・後進のみの制御段の手動変速装置を有するショベルローダにおいて、

(b) バケットの上・下動を制御するレバーの頭部に押ボタンを設け、運転者はレバーでバケットを操作しつつ押ボタンを操作することでショベルローダを前進から後進へ切り換えるのを容易にするショベルローダの後退機構(別紙図面4参照)

(三) 本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、後者の(a)の記載事項におけ作業機の変速操作装置は、前者の「自動・手動の変速を切り替えるスイッチ、トランスミッションレバーの位置センサ、回転センサ、ニュートラルリレー、からの各信号により電子制御装置のリードオンリーメモリ内に記憶されている変速条件の一つを選択しトランスミッションバルブ機構を制御するようにした作業機の変速制御装置」に技術的に相当するものであり、かつ、後者の「手動レバー34」は、前者の「作業機レバー」に相当する。また、後者の作業機は、自動変速の状態時において、溝や畦畔と衝突しそうになって走行停止又は減速する場合、前者の作業機レバーに相当する手動レバー34を操作して手動に切り替えれば、作業機の負荷の如何にかかわらず速やかに作業機を減速又はその後走行停止、要するに手動によりシフトダウンして危険を未然に防止できるのであるから(引用例1の記載事項(d))、これらの一連の技術的事項は前者の「作業機レバーによるシフトダウン操作の信号を電子制御装置に導くと共に、

前記電子制御装置の自動変速時の変速条件にはシフトダウン操作を判断要素として付加することによって、自動変速の状態時においてシフトダウン操作によって変速条件に関係なくただちにシフトダウンしうるようにした作業機の変速制御装置」に相当するものと解される。

そうすると、結局、両者は、自動・手動の変速を切り替えるスイッチ、トランスミッションレバーの位置センサ、回転センサ、ニュートラルリレー、からの各信号により電子制御装置のリードオンリーメモリ内に記憶されている変速条件の1つを選択しトランスミッションバルブ機構を制御するようにした作業機の変速制御装置において、作業機レバーによるシフトダンウ操作を前記電子制御装置に導くと共に、前記電子制御装置の自動変速時の変速条件にはシフトダウン操作を判断要素として付加することによって、自動変速の状態においてシフトダウン操作によって変速条件に関係なくただちにシフトダウンしうるようにした作業機の変速制御装置である点で一致し、前者は、作業機がショベルローダであって、自動変速時のシフトダウンの変速条件の変更は、作業機レバーの先端部に設けたシフトダウンスイッチのオン・オフによって行うのに対して、後者は、作業機が脱穀機等であってショベルローダに特定されておらず、かつ、自動変速時のシフトダウンの変速条件の変更は、作業機レバーの操作によって行うとした点で両者は相違する。

そこで、前記相違点について検討する。

脱穀機等の作業機とショベルローダとはその作業内容が異なることは理解できるが、土木作業用重荷重車両(例えば、ダンプトラック等が想定される。)の変速制御装置において、自動変速の状態時にシフトレバー(本願発明の作業機レバーに相当する。)を低いギア位置へ手動的に移動させると所望のシフトダウン効果が得られることが引用例2に記載され、かつ、地山への衝突速度と掘削けん引力を得るためにシフトダウン操作を行うことは、ショベルローダの操作事項として本件出願前極く普通に行われていることであるから、作業機を単にショベルローダに限定した点には格別の困難性は認められない。

また、ショベルローダにおいて、バケットの上・下動を制御するレバーの頭部に別の操作を行うための押ボタンを設け、レバーと押ボタンによる2つの操作を同時に行い易くしたことが引用例3に記載されているから、作業機レバーの先端部にシフトダウンスイッチを設け、レバーとスイッチによる2つの操作を同時に行い易くした点は引用例3記載の発明から容易に想到できた程度のことである。

(四) したがって、本願発明は、引用例1ないし引用例3に記載されたもの及び前記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(4)  本願明細書に記載された本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果(甲第6、第7号証)

(一) 本願発明は、ショベルローダの変速制御装置に関する。

一般にショベルローダはバケットで地山を掘削し、それをダンプトラックに積み込むために使用される。

ショベルローダの運転を別紙図面1第12図により説明すると次のとおりである。

ショベルローダ101を前進2速で地山102に向かって高速で前進し(運転<1>)、地山102に近づくと(0.5m~1.0m)、掘削作業を行う場合の牽引力を大きくするために前進1速で地山102に突っ込み(運転<2>)、掘削が終了すると、ショベルローダ101を掘削作業位置から後進2速で高速で後退させ(運転<3>)、続いてショベルローダ101の走行方向を切り換えてダンプトラック103に前進2速で高速接近させる(運転<4>)。ダンプトラック103への積込作業が終了すると、ダンプトラック103から後進2速で離れる(運転<5>)。

ところで、従来、運転<1>から<2>に切り換える場合、速度段を前進2速から1速に切り替えるとともに、バケットを地山102に突っ込むために接地しなければならず、操作が極めて煩雑であった。

即ち、前進時には右手でブームレバーを、左手でステアリングハンドルを持っているため、切り替え時左手をハンドルから離し、速度段を選択するためのレンジレバーに持ち替えなければならず、ハンドル振れが生じて危険であり、かつ操作が煩雑である。

近年開発されつつある自動変速制御装置を備えたショベルローダにおいては、自動変速であるため、前記のようなショベルローダ特有の操作そのものが一切不能という問題が更に加わる。

本願発明は、以上のような問題の認識のもとにされたものであり、自動変速制御装置を備えたショベルローダにおいて、自動変速の状況下にあっても、変速条件に関わりなく直ちにシフトダウンさせるようにし、もって簡単な操作で前記のショベルローダ特有の操作を行うことができるようなショベルローダの変速制御装置を提供することを技術的課題(目的)とする(平成2年12月12日付手続補正書2頁7行ないし5頁9行)。

(二) 本願発明は、前項の技術的課題を解決するために、その要旨とする構成(特許請求の範囲記載)を採用した(平成2年12月12日付手続補正書7頁2行ないし18行)。

(三) 本願発明は、スイッチの選択によって自動変速が可能なショベルローダにおいて、作業機レバーの先端部にシフトダウンスイッチを設け、このシフトダウンスイッチの信号を利用して自動変速状態時にショベルローダにおいて変速条件の成立にかかわりなく直ちに強制的なシフトダウンを行うことができるから、自動変速状態で、例えば、作業対象物に突っ込んだ場合のショベルローダの押し込み力の発生タイミングを簡単な操作で改善することを可能とするという作用効果を奏する(平成2年12月12日付手続補正書5頁15行ないし6頁5行)。

2  争点

原告は、審決の本願発明の要旨及び引用例1ないし3の記載事項の認定は認めるが、審決は本願発明と引用例1記載の発明の一致点の認定を誤るとともに(取消事由1)、相違点に対する判断を誤り(取消事由2、3)、もって本願発明の進歩性を誤って否定したもので、違法であるから、取消しを免れないと主張し、被告は、審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法はないと主張している。

(1)  取消事由1-一致点認定の誤り

審決は、引用例1記載の発明の「手動レバー34」は本願発明の「作業機レバー」に相当すると認定し、もって、本願発明と引用例1記載の発明とは、「自動・手動の変速を切り替えるスイッチ、トランスミッションレバーの位置センサ、回転センサ、ニュートラルリレー、からの各信号により電子制御装置のリードオンリーメモリ内に記憶されている変速条件の1つを選択しトランスミッションバルブ機構を制御するようにした作業機の変速制御装置において、」(なお、引用例1記載の発明にはこの電子制御装置は備わっていないので、この一致点の認定も誤りであるが、本願発明のこの構成は周知の従来技術であるから、この点は敢えて争わない。)「作業機レバーによるシフトダウン操作を前記電子制御装置に導く」点において一致する旨認定している。

しかし、引用例1記載の発明の手動レバー34は、本願発明の作業機レバーに相当するものではなく、したがって、本願発明と引用例1記載の発明とは、「作業機レバーによるシフトダウン操作を前記電子制御装置に導く」点で一致するとの一致点認定は誤りである。

ショベルローダ、ブルドーザ、スクレーパ等のいわゆる建設機械ないし土木機械では、それぞれ走行体といわれる走行部上に掘削、排土等をするための作業部を有しており、この作業部を作業機と称するものである。そして、走行体の走行制御は走行レバー等で行われる一方、作業機の操作は操作レバーないし作業機レバーとよばれるレバーによって行われるものである。

本願発明はショベルローダであるから、その「作業機レバー」とは、前記の作業機を操作するレバーのことであり、走行体の走行制御のための走行レバーとは異なるものである。

一方、引用例1記載の発明の手動レバー34は、高速化リミットスイッチ20及び低速化リミットスイッチ21のオン・オフ手段であって、走行体の増速又は減速という走行指令に係わるものであり、走行体上の作業機である脱穀機の制御を行うものではない。

本願発明は、本来走行体の走行制御を行うものではない作業機レバーの先端部にシフトダウンスイッチを設け、それにより走行体の走行制御(シフトダウン)を行うことを構成とするものである。

したがって、引用例1記載の発明の手動レバー34が作業機の操作をするレバーか走行体の走行制御を行うレバーかは本願発明が引用例1記載の発明から容易に想到できたか否かを判断するに当たり重要な意味があるものであり、この一致点認定の誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものである。

(2)  取消事由2-相違点に対する判断の誤り(1)

審決は、本願発明の作業機がショベルローダであるのに対し、引用例1記載の発明の作業機が脱穀機等であるとの相違点について、引用例2に、土木作業用重荷重車両(ダンプトラック等)の変速制御装置において、自動変速の状態時にシフトレバーを低いギア位置へ手動的に移動させると所望のシフトダウン効果が得られることが記載されていること、及び地山への衝突速度と掘削けん引力を得るためにシフトダウン操作を行うことが本件出願前極く普通に行われていることを理由として、引用例1記載の発明の脱穀機等の作業機をショベルローダに限定したことに格別の困難性はないと判断している。

しかし、引用例2に審決認定の事項が記載されており、また、地山への衝突速度と掘削けん引力を得るためにシフトダウン操作を行うことが本件出願前極く普通に行われていれば(これらのことは争わない。)、どうして引用例1記載の発明の脱穀機等の作業機をショベルローダに限定する点に格別の困難性がないのか、およそ理由にはなっていない。

本願発明の変速制御装置の無条件のシフトダウンは、ショベルローダが走行状態からショベルローダ特有の作業へ移行するのを効率的に行うために採用されるものであるのに対し、引用例1記載の発明の変速制御装置におけるシフトダウンは、農作業機が走行作業中に溝や畦畔と衝突するのを防止することを目的とするものであるため、シフトダウンのみならず走行停止も同時に選択され得るものであるから、そのシフトダウンの目的が異なるものである。

したがって、引用例1記載の発明の脱穀機等の作業機をショベルローダに限定して本願発明の構成を得ることを当業者が想到することは容易ではないものである。

よって、審決の前記相違点に対する判断は誤りである。

(3)  取消事由3-相違点に対する判断の誤り(2)

審決は、自動変速時にシフトダウンの変速条件の変更は、本願発明は作業機レバーの先端部に設けたシフトダウンスイッチのオン・オフによって行うのに対し、引用例1記載の発明では作業機レバー(正しくは、走行体の走行制御を行う手動レバー)の操作によって行うという相違点について、ショベルローダにおいて、バケットの上・下動を制御するレバーの頭部に別の操作を行うための押ボタンを設け、レバーと押ボタンによる2つの操作を同時に行い易くしたことが引用例3に記載されていることをもって、作業機レバーの先端部にシフトダウンスイッチを設け、レバーとスイッチによる2つの操作を同時に行い易くした点は引用例3記載の発明から容易に相当できた程度のことであると判断している。

しかし、前述のとおり、引用例1記載の発明の手動レバー34は、本願発明の作業機レバーに相当するものではなく、審決の前記判断はその前提において既に誤りである。

また、引用例3記載の発明の作業機レバーにおけるスイッチは、手動操作による単一前後進段のみの走行制御装置を有するショベルローダにおいて、作業機レバー先端のスイッチを押すことによって、前進から後進へ切り替えるものにすぎないものである。

この引用例3記載の発明の技術を引用例1記載の発明の走行制御を行うにすぎない手動レバー34に適用して、本願発明の構成を得ることを想到することはできないものである。

よって、審決のこの相違点に対する判断も誤りである。

第3  争点に対する判断

1  取消事由1について

原告は、引用例1記載の発明の「手動レバー34」は、走行体の走行制御のためのものであり、走行部上の作業機の操作をする本願発明の「作業機レバー」とは異なるものであるとして、審決の本願発明と引用例1記載の発明との一致点の認定のうち、両者が「作業機レバーによるシフトダウン操作を前記電子制御装置に導く」点において一致するとの部分の認定の誤りを主張する。

審決認定の引用例1の記載事項の他、甲第3号証によって認められる引用例1のその他の記載事項によっても、引用例1記載の発明における手動レバー34(特許請求の範囲の記載では「手動装置(34)」)が走行部とは別の作業部の作業を操作するものであることを認めることはできず、それは走行部の走行制御のみを行うレバーであると認める他ない。

一方、本願発明の作業機レバーがショベルローダの作業部の操作を行うものであることは明らかである。

したがって、本願発明の作業機レバーと引用例1記載の発明の手動レバー34とは制御する対象が異なるものであること、原告主張のとおりである。

そして、第2・1(4)(一)のとおり、本願発明においては、走行部上の作業機を操作するレバーで走行部の走行の制御、即ち、シフトダウンを行えるようにすることに技術的課題があるのであるから、審決が本願発明と対比するために引用した引用例1記載の発明の手動レバー34が作業機の操作をするものであるか否かは極めて重要な技術上の問題であるというべきであり、その点を捨象して、引用例1記載の発明の手動レバー34が本願発明の作業機レバーに相当するものということはできない。

したがって、出願に係る発明と審決が引用する発明との一致点及び相違点を認定し、当業者が出願に係る発明の相違点に係る構成を想到することが容易であったか否かを判断し、もって出願に係る発明の進歩性の有無を判断するという特許庁における伝統的な進歩性の判断手法をとる場合においては、両発明のレバーの制御対象の違いを両発明の相違点として認定し、本願発明の構成の想到の容易性について判断を示すべきものである。

ところで、審決は、本願発明と引用例1記載の発明の相違点の認定においては、自動変速時にシフトダウンの変速条件の変更を、本願発明は作業機レバーの先端部に設けたシフトダウンスイッチのオン・オフによって行うのに対し、引用例1記載の発明は作業機レバーの操作によって行う点を両発明の相違点として認定している。

この相違点の認定からは、両発明のレバーの制御対象の差異があることまでを相違点として認定しているとまでは認めることができない。

しかし、審決は、その相違点に対する判断においては、引用例3に、ショベルローダにおいて、バケットの上・下動を制御するレバーの頭部に別の操作を行うための押ボタンを設け、レバーと押ボタンによる2つの操作を同時に行い易くしたことが記載されているとして、自動変速時の走行条件の変更をレバーで行うかそれともレバーの先端部に設けた押ボタンで行うかの差異についてだけでなく、作業機レバーの先端部に走行制御のための押ボタンを設けるという本願発明の構成そのものが開示されているとして、「作業機レバーの先端部にシフトダウンスイッチを設け、レバーとスイッチによる2つの操作を同時に行い易くした点は引用例3記載の発明から容易に想到できた程度のことである。」と判断していることは、審決の理由の要点から明らかである。

この判断が正当か否かは取消事由3に対する判断において検討するが、審決は、引用例1記載の発明の「手動レバー34」は本願発明の「作業機レバー」に相当すると認定し、これを前提に両発明の一致点の認定のみならず、相違点の認定も行ってはいるが、結局、原告主張の両発明のレバーの制御対象の違いの点を含めて本願発明の構成の想到の容易性について判断しているものである。

したがって、審決の一致点の認定、更には相違点の認定は正確とはいえないものの、審決全体としては、本願発明の相違点に係る構成を正しく捉え、その構成の想到の容易性について判断を示しているのであるから、原告主張の点は一致点認定の誤りあるいは相違点の看過として審決を誤りならしめるものではないというべきである。

したがって、原告の取消事由1の主張は理由がない。

2  取消事由2について

原告は、本願発明はショベルローダであるのに対し、引用例1記載の発明は脱穀機等の作業機であるという相違点について、審決が引用例1記載の発明の脱穀機等の作業機をショベルローダに限定した点には格別の困難性は認められないと判断したことの誤りをいう。

原告は、その理由として、本願発明のシフトダウンは、ショベルローダが走行状態からショベルローダ特有の作業に移行することを効率的に行うために採用したものであるのに対し、引用例1記載の発明のシフトダウンは、農作業機が走行作業中に畦や畦畔と衝突するのを防止することを目的としたものであり、しかもそのシフトダウンにより停止することもあるとして、両発明のシフトダウンの目的が異なることを挙げる。

甲第3号証によれば、引用例の特許請求の範囲は、「走行装置(2)を具備する車台に作業機(3)の負荷に応じて走行装置(2)の走行速度を自動制御する自動制御装置(6)と手動でもって走行速度を変速できる手動装置(34)とを具備してなる移動機において、走行速度の高速化へは自動優先に低速化へは手動優先に構成したことを特徴とする移動機における変速操作装置。」(1頁左下欄5行ないし11行)と記載されていることが認められる。

即ち、引用例1記載の発明の移動機は走行装置を具備する車台と作業機とからなるものであり、作業機の作業内容や走行速度の自動制御の内容(引用例1記載の発明は作業機の負荷に応じて自動制御する。)に差異はあるが、その点で走行部と作業部を有する本願発明のショベルローダと共通性を有するものである。

そして、本願発明と引用例1記載の発明とは、自動変速の状態において、走行制御のためのレバーか、作業機を操作するレバーの先端部に設けられた押ボタンかの相違はあるが、それらを操作することにより、自動変速時において、変速条件に関係なく手動で直ちにシフトダウンしうるようにした点で共通の技術に係るものである。

そして、審決が説示しているとおり、地山への衝突速度と掘削けん引力を得るためにシフトダウン操作を行うことはショベルローダの操作事項として本件出願前極く普通に行われていたことは第2・1(4)(一)の本願明細書の技術的課題に関する記載から明らかであり、更に、引用例2により、土木作業機の分野においても、自動変速の状態時において、シフトレバーを操作して低いギア位置に手動で移動できるようにすることが公知となっていたのであるから、当業者が、自動変速装置により走行するショベルローダにおいて、地山への衝突速度を減速して強い掘削けん引力を得るために、自動変速条件に係わらず、シフトレバーあるいはシフトボタン等の手動操作により、シフトダウンできるようにすることは容易に想到することができたものというべきである。

本願発明のシフトダウンの目的が当業者に極く普通に知られているものである以上、引用例1記載の発明のシフトダウンの目的との違いは何ら前記容易想到性を否定することにはならない。

審決は、相違点の認定において、引用例1記載の脱穀機等の作業機をショベルローダに限定した点に格別の困難性は認められないと判断しているが、その趣旨は以上のところにあると認められる。

したがって、審決の判断は正当であり、原告の取消事由2の主張も理由がない。

3  取消事由3について

原告は、本願発明が自動変速時のシフトダウンの変速条件の変更を作業機レバーの先端部に設けたシフトダウンスイッチのオン・オフによって行うようにしたことについて、審決が本願発明のその相違点に係る構成は引用例3記載の発明から容易に想到できたことであると判断したことの誤りを主張する。

引用例3には、ショベルローダにおいて、バケットの上・下動を制御するレバーの頭部の押ボタンを操作して、手動により前進、後進の切替えを行えるようにした構成が開示されていることは、当事者間に争いがない。

本願発明は作業機レバーの先端部に設けたシフトダウンスィッチを押すことによりシフトダウンの効果を生じさせるのに対し、引用例3記載の発明は作業機レバーの先端部に設けた押ボタンを押すことにより、前進、後進の切替えを行うという違いはあるが、シフトダウンも前進、後進の切替えもともに基本的な走行条件の変更であり、両者は、ショベルローダの作業機レバーの先端部に押ボタン(スイッチ)を設け、それにより走行条件を手動で変更するという点で共通しているものである。

したがって、当業者が引用例3記載の発明から示唆を受けて、本願発明の作業機レバーの先端部に設けたシフトダウンスイッチによってシフトダウンという走行条件の変更をするように構成することを想到することに格別の困難性はないというべきである。

したがって、また、審決が、本願発明の作業機レバーの先端にシフトダウンスイッチを設け、レバーとスイッチによる2つの操作を同時に行い易くした点は引用例3記載の発明から容易に想到できた程度のことであると判断したことに誤りはない。

よって、原告の取消事由3の主張も理由がない。

4  以上のとおり、引用例1記載の発明において、引用例2及び3記載の発明並びに審決認定の周知技術に基づき、引用例1記載の発明の作業機をショベルローダに限定し、その作業部を操作するレバー(作業機レバー)の先端部にシフトダウンスイッチを設け、これによりシフトダウンという走行条件の変更をするように構成し、もって本願発明の構成を得ることは、当業者が容易に想到することができたものというべきであるから、原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決には原告主張の違法はない。

よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がなく、棄却を免れない。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

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別紙図面3

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別紙図面4

<省略>

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